安藤裕子の作詞法(1)


近代の多くの音楽は、詞と曲から成っていて、
曲のクレジットにもたいてい作詞者と作曲者が書かれている。

もちろん好みやいろんな考え方があるんだろうけど、
昔から自分は正直音楽の詞というものにあんまり関心が持てない。

といってもじゃあインストゥルメンタルだけが好きなのかというと
そんなこともなくて、人間の歌声は大好きだ。

つまり、音としての歌詞には興味が湧くのだけど、
音を離れた純粋な言葉としての歌詞にはほとんど興味がない。

だから、歌詞付き楽曲のインストゥルメンタルを聴くことはあっても、
歌詞カードだけをじっくり読むということはめったにしない。

それには色んな理由があって、
子供の頃英語がわからないのに洋楽ばかり聞いていたとか、
カラオケにほとんどいかないので歌詞を覚える機会も必要もないとか、
そもそも単体で意味を持つ(心を打つ)歌詞ってあまりないような気がするとか。

そんなわけで、安藤さんの曲も実はほとんど歌詞は覚えていない。
(ちなみに、曲名もあんまり覚えていなかったりする。
たいていあのアルバムの何曲目くらいという覚え方だ。)
もちろん例外はあって、いい歌詞だなぁと思うものもあるけど。

そして、勝手な想像だが、
安藤さんも自分の歌詞に対して似たような考えを持っているのでは
と想像している。

以下、安藤さんの過去のインタビューの抜粋。


ブックレットに印刷してある歌詞がどんなに素晴らしくても、
音楽として胸にこないんだったら、
ミュージシャンにとっては意味がないと思うし、
そういうものは、詩集として伝えた方がいいと思う。
だから、わたしが歌詞で意識しているのは、やっぱり音なんですよ。
音として発して、自分が気持ちいい言葉、
とくに、その一節を締め括る末尾の発音は大きいかも知れない。
その上で、さらっと出てきやすい言葉を使ってるんだと思いますね。
(word by 安藤裕子


では、具体的に安藤さんはどんなふうに作詞しているのか。

。。。は次回。