安藤裕子の作詞法(4)

今日は仙台公演ですね。
いいなぁ。仙台のみなさんお楽しみください。


昔は職業作家という人たちがたくさんいて、
作詞、作曲、歌唱というのはそれぞれ分離していることが
多かった。

その後シンガーソングライターという全部を一人でこなす
形式が増えてきて、さらに外国の様々な音楽の影響を受けて
日本の音楽も非常に多様かつ複雑になって行きました。

そういうこともあってか、やはり昔の曲の方が、
メロディもシンプルで、
歌詞の意味というのも
すっと頭に入ってきやすい気がします。

ある作曲家の方に聞いた話ですが、
作詞を職業にされている方のセンスというのは
ものすごい、とても自分にはできないと思う
ということでした。

一方で、歌詞というのはやはり楽曲の一部であって、
純粋詩や小説とは違うということがあります。
なので、必ずしも何らかの明確な意味やストーリーを
もたせる必要はないのだとおもいます。

それに、創作者の思いと、受けての感じたことが
必ずしも一致しないというのは、
歌詞に限らず、創作物一般について言えることです。

結局何が言いたいのかというと、
歌詞というのは楽曲にとって
非常に重要な要素であるとともに、どうでも良い
(歌詞に何らかの意味を見出したいリスナーだけが
見いだせば良い)
ものだというものなんだなということを念頭に、
以下の安藤さんの発言をご覧ください。


(word by 安藤裕子

「ポップスって一般の普通の人民が夢を描く場所」
という文章を読んで、
「そりゃ素敵なことだ!」と思ったというか。
あまり生々しく人の姿が見えても夢が薄れる部分もあるだろうし、
歌詞とか構成を練って作るタイプでなくて、
フィーリングだけで作ったりもするわけで。
実生活ほど弱くはない歌詞が出てきたり、
実生活ほどお気楽ではない歌詞が出てきたりと、
極端な部分が歌詞になりやすかったりするけど、
どっかの一片でも私にはそういう歌詞の部分を持っていてね。
だから、寝起きでぼけーっとしているところをみられるより、
勝手に想像してもらう方が聴いている人が
「ガンバロウ」みたいに思ってくれるんじゃないかって(笑)。
でも夢描くポップスの中にも
真実みたいなものがないとしらけちゃうから、
ライブでちゃんと生々しさを伝えられたらいいなと思うし。


断言しますけど、
ほんとに歌詞の意味とか考えていないんですよ。
気持ちがよいが先行でやってるから、
そういう意味では意味が分からないって言われちゃうときも、
実は私自身もまだよく知らないんだってしか
いいようがないっていうか。
ニラカイナリィリヒも適当に口ずさんでるのが
気持ちよかったから呪文にしたんですよ。
ほんとに作ってる最初は意味を考えてないですね。
で、できあがって読んでみて、
あぁ、こんなお話だったんだって自分でも思うというか。

曲がね、先走って予言みたいなことを
しているときがあるんですよ。
自分はそのときあんまり体験していないというか、
特に共感を持っていない曲ができたりする。
たとえばそれがバッドエンドだったとしても、
耳ざわりが気持ちいいし、
歌い心地がいいから作るんだけど、
それは現実に1年後か2年後、
明日か明後日か知らないけど、
やっぱり起きるんですよね。
で、落ち込むんですよ。
「こんなこと、共感したくなかった」って。
でもやっぱり深層心理なんでしいるというか、
自分では打ち消したい思いとかも出てくるのかな。


他の人の曲に歌詞をのせるのは
慣れてない感じもあったんですけど、
でも自分では意識しないシチュエーションもあるんだって、
実感させてもらいましたね。
昔は自分だけで作りたいっていうのがあったけど、
それがつまらなくなって。
やっぱり人に聴いてもらいたいし、
その人に消化してもらうことが解釈されることだと思うんで。
その一曲一曲を、聴く人の中のものにしょうね。
どこかでそういう予感がしててほしいんです。
歌詞や歌も、印象的な言葉だけ残ってくれればいいし。
聴いてくれる人が歌詞の意味も作ってもらえればいいなと思ってます。


詞曲を作るときは、逆に思惑がなくて、
テーマもないし、鼻歌歌ってたら、
言葉がくっついてくるんですよ。
だから自分で考えて作った気がしないんですね。
曲作りは多分素なんですよ。
人からいただいた曲は、
そのメロディを作った時の雰囲気とか、
呼んでるお話があるみたいで、
そのメロディを体に入れて歌ってあげる、と。


出来上がった直後って、
自分もその歌詞なり意味をまだよくは知らないんですよ。
パットだしただけだから。
その状態でレコーディングしちゃうと、
「この曲どんななんだ」って、すごい悩んじゃう。
でもライブをやっちゃうと、
曲の意味がよくわかるんですね。
私はいろんなことを普段頭で考えちゃう癖があるんです。
考えすぎてパターンを作りすぎるんですね。
その点ライブは本能だけ、感情だけで教えてくれるから。


安藤裕子の作詞法(1)
安藤裕子の作詞法(2)
安藤裕子の作詞法(3)