安藤裕子が勧める本(1) 陰翳礼讃


不定期企画第4弾。
安藤さんが好きな/お勧めしている本の紹介。
安藤さんの元となっている本を読めば
より深く彼女の音楽が理解できるやも。

第1回目は、
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』。


陰翳礼讃 (中公文庫)

陰翳礼讃 (中公文庫)



安藤裕子からの推薦の言葉〉
陰影礼賛は光と影の美学。
今の日本って、美学を育てる意識が薄いから
きっと勉強になりますよ。




昭和5年から23年にかけて書かれた
6篇のエッセイを集めたものである。

50年以上前に書かれたものであるが、
今の日本には失われてしまったものから、
50年以上経った今も脈々と続いているものまで、
日本とは、日本人とは何かについて
改めて考えるきっかけを与えてくれる。

表題作の『陰影礼賛』は、
日本人がいかに闇とともにあり
闇を怖れつつも、
有効に使いこなしてきたかについて
豊富な具体例を挙げて論じている。
電力不足が問題となっている今、
今の日本がいかに明るすぎるかということについて
考えさせられる。

『第一飯にしてからが、ぴかぴか光る黒塗りの飯櫃に入れられて、
暗い所に置かれている方が、見ても美しく、食慾をも刺戟する。
あの、炊きたての真っ白な飯が、ぱっと蓋を取った下から
暖かそうな湯気を吐きながら黒い器に盛り上がって、
一と粒一と粒真珠のようにかがやいているのを見る時、
日本人なら誰しも米の飯の有難さを感じるであろう。
かく考えて来ると、われわれの料理が常に陰翳を基調とし、
闇というものと切っても切れない関係にあることを
知るのである。』

黒い飯櫃でご飯が食べたくなってきませんか?


闇が現代において失われたものであるとすると、
一方で現代も50年前も変わらないと思い知らされるのは、
『旅のいろいろ』に出てくる汽車における乗客の無作法である。
礼儀正しくマナーに煩いという評価をされることが多く、
実際そういう面も多分にあると思われる日本人であるが、
何故か列車と駅においては無法地帯に陥る。
誰しもが電車や駅で少なからず不快な思いをしたことがあるだろう。

同じ乗り物でも、バスや船、飛行機ではそれ程でもないのに、
電車だけあのようになるのは何故だろうか。

谷崎も、
『勿論日本人のこの悪い癖は汽車の中に限ったことではないが、
しかし汽車が一番ひどく、外の場所だと礼儀を守る人までが、
たちまち平素の嗜みを忘れてしまうのは重ね重ね不思議千番である。』
と述べている。

朝の表参道駅の無秩序ぶりは、とても文明国とは思えない。